「一の湯」までもが循環風呂に

2011.11.26

私が二五〇〇湯の旅で立ち寄った一の湯は一九九九年に新装されたばかりで、その漁洒な外観は「さすが城崎の一の湯」と思わせるには充分なものだった。しかしそれだけに、一の湯の湯船に浸かった私の落胆は大きかった。香川修徳によって「但州城崎新湯を最大一とす」と推された一の湯(新湯)は、塩素臭を外にまで漂わせる無惨な循環風呂に変わり果てていたのである。私はある時期まで、循環風呂は自分には関係のないものだと考えていた。

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まず自分はそういう風呂には入らないし、自分が文章をもって紹介する温泉はあくまでホンモノの温泉だけなのだから、こういうものは無視すればいいのだと思っていた。しかしその考えがはっきりと変わっていったのが、この二五〇〇湯の旅だった。この時点ですでに、循環風呂の増殖ぶりは、到底無視することなど不可能な状態になっていた。しかも、なんとあの城崎温泉の一の湯までもが、であった。私は循環風呂を悪とは言わない。悪とは言えないのだ。しかしそれは法律の問題である。温泉をただの温かい水とは考えずに、「生き物の心と体の疲れを癒し、その生命力を再生させるものであり、また泉質によっては、ある種の病気、怪我の治療に明らかな効能を持つ」と考えるなら、城崎温泉の一の湯を循環風呂にすることに納得できるはずはない。私が循環された一の湯で打ちひしがれていた頃、この城崎の周囲の市町村には最新の循環施設を持った公共温泉が続々と建てられていた。それらが、古くからの温泉地の経営を圧迫していたことは確かであった。しかしだからといってそれが、温泉界の頂点に君臨していた一の湯を循環風呂にする理由にはならないだろう。





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